11月第一主日を迎えました。今日の礼拝を私たちは召天・逝去者記念礼拝としてお献げしています。また礼拝後には多磨霊園の教会墓地にて墓前礼拝も献げられます。愛する者を先に送られたご遺族に主なる神からの慰めが与えられるよう祈り求め、私たちもやがて地上の生を終えていくべき者であることを覚えて、神がくださる永遠のいのちの希望を受け取る時としたいと願っています。お一人一人に主の豊かな祝福がありますように。
1.神にあって生き、神にあって死ぬ
古代ローマの諺に「メメント・モリ」、「死を憶えよ」という言葉があります。自分自身が死ぬべき存在であることをわきまえて、地上の日々を生きるようにとの勧めの言葉です。死を憶えることで生を考える。確かにそれは大事な意味を持つことでしょう。旧約聖書の伝道者の書7章2節にはこうあります。「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行く方がよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ」。「死」の現実から目をそらさず、死とキチンと向き合うことで「生」の構えが整えられていく。そのような姿勢を聖書は私たちに繰り返し語っているのです。
この朝、開かれている創世記5章は、人間が造り主なる神にあって生き、神にあって死ぬべき存在であることを印象深く教える御言葉です。1節、2節にこうあります。「これはアダムの歴史の記録である。神は、人を創造したとき、神の似姿として人を造り、男と女に彼らを創造された。彼らが創造された日に、神は彼らを祝福して、彼らの名を『人』と呼ばれた」。ここで「歴史の記録」と訳された言葉は、他に「経緯」、「系図」などの意味を持ち、創世記の族長物語で大きな節目を入れる言葉です。こうして3節から32節にかけて記される「アダムの歴史」、「アダムのトーレドート」を見てみますと、まずなんと言っても私たちが驚かされるのはそこに出てくる人々の一生の長さ、その長寿ぶりです。アダムの一生は九百三十年、セツは九百十二年、エノシュは九百五年、27節のメトシェラに至っては何と九百六十九年と記されます。
しかしもう一つのことが重要です。すなわちここで私たちは人間たちの長寿ぶりを驚くだけであってはならない。むしろその驚くべき長寿よりも、この系図において「誰々が何年生きた」と記されると同時に、「こうして彼は死んだ」と繰り返し記される。その言葉にこそ目を留めるべきだということです。人は永遠に生きる者ではなく、地上の生涯を終える時が来て、死ぬ者となった。この現実を物語ることが創世記の主眼であろうと思うのです。
2.エノク、神とともに歩んだ人
そこで今朝、特に目を留めたいのが5章21節に出てくるエノクという人物です。21節から24節の前半。「エノクは六十五年生きて、メトシェラを生んだ。エノクはメトシェラを生んでから三百年、神とともに歩み、息子たち、娘たちを生んだ。エノクの全生涯は三百六十五年であった。エノクは神とともに歩んだ」。他の人物たちについての記述と読み比べてみて気づくのは、次の一句です。22節。「エノクはメトシェラを生んでから三百年、神とともに歩み・・・」、そして24節前半。「エノクは神とともに歩んだ」。エノクの生涯は三百六十五年。これはアダムの系図で言えば他の人々のおよそ三分の一の年数であり、今日とは比較になりませんが、この系図の中にあっては短命の生涯であったといえるでしょう。しかしこのようなエノクの人生を聖書は要約して次のように言うので。「エノクは神とともに歩んだ」と。それが具体的にどういう生き方だったのか、気になるところです。
「神とともに歩む」とは、実際にどのような人生を生きることなのか。しかし聖書はエノクの生涯をこれ以上詳しく記すことをしません。ただ分かるのは「エノクはメトシェラを生んでから三百年、神とともに歩み、息子、娘たちを生んだ」。仕事をし、子どもたちを育て、家庭を形成して生きた。何か特別なことではない。きわめて日常の生です。しかしそのような彼の人生を「神とともに歩んだ」と創世記は記す。しかも、キリストの教会はこのエノクの姿を忘れませんでした。むしろ大切に記憶し続け、語り続けました。その一つのしるしとして、新約聖書のヘブル書11章5節には次のように記されます。「信仰によって、エノクは死を見ることがないように移されました。神が彼を移されたので、いなくなりました。彼が神に喜ばれていたことは、移される前から証しされていたのです」。
エノクは神とともに歩んだ人であり、また神に喜ばれていた人であると言われる。このような聖書のエノクに対する評価は破格のものといってよいでしょう。そしてまたエノクの生涯についての短い叙述から、私たちは人生の価値の尺度ということを考えさせられます。私たちは人生の価値をその長さや短さ、その生涯で行った事柄や業績、そこで残したものの大きさなどで計ろうとするものです。しかし聖書の物語る人生の尺度はそれとは違うもののようです。人生の長さ、短さ、そこでの業績でなく、むしろ人が神との関係においていかに生きたか、そこに人生の価値を決める決定的な尺度が置かれているのです。
神とともに歩む人生において神はエノクを喜び、エノクもまた神の喜びを全身に受けとめながら喜んで生きていった。たとえその人生が他の人と比べて短くとも、そこで為した事柄がどのようなものであろうとも、神とともに歩んだ生涯は幸いなのだと聖書は語る。このことばを今朝、心に刻みたいのです。
3.神が彼を取られたので
神とともに歩んだエノク、神に喜ばれて生きたエノク。そのエノクの三百六十五年の生涯の終わりについて、創世記はこれまた他の人々についての書き方とは違った表現を用いています。もう一度23節、24節を読みます。「エノクの全生涯は三百六十五年であった。エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった」。他の人々について「誰それの全生涯は何年であった。こうして彼は死んだ」、「こうして彼は死んだ」と繰り返される中で、エノクについては「死んだ」という言葉が出てきません。その代わりにこう言われるのです。「神が彼を取られたので、彼はいなくなった」。
聖書には時に死に抗うような人の姿が登場します。竜巻に乗って天へと挙げられた預言者エリヤ、主イエスによって死からよみがえらせられた人々、そして復活の主イエス・キリストご自身。ここでのエノクの姿は彼が死ななかったということではないでしょう。確かに彼の地上の生には終わりがあった。しかし聖書はそれを「死んだ」と言わず「神が取られた」と表現するのです。
神が人を取られる。地上から取り上げられる。取り去られる。それで人は地上からいなくなる。そしてそれゆえに遺された者たちはもはや彼を見ることができない。遺された者たちにとってはまことに悲しいことです。寂しいことです。そして「なぜ取られたのか」という問いも浮かびます。神とともに歩んだ人、エノクを思えばなおさらです。そのようなエノクであればもっと長生きしてよかったのではないか。神の祝福にあずかり、アダムよりも、セツよりも、エノシュよりも、メトシェラよりももっと長く生きてよかったのではないか。どうして神はエノクを取られたのか。こうした問いは単なる興味本位のものでなく、愛する者を送った者であればだれもが心に抱く問いなのではないでしょうか。
4.神がそばに呼ばれたので
皆さんのお手元に召天者、逝去者の一覧をお配りしています。そのほとんどの方のことを私は存じ上げているわけではありません。召されてずいぶん長い時間が経った方もおられますし、また昨年から今年にかけて新たに名前が加えられた方もあります。ここにお名前がなくても、皆さんの中に愛する方々を送られた方がおられることも知っています。そうした皆さん一人一人の心の中に、こうした問いが今もあり続けるのではないでしょうか。
なぜこの時なのか。なぜこのような最後なのか。なぜ、なぜ。問うても答えが出ないと分かっていても、それでも浮かび続ける問いです。今ここで聖書を説いている私自身の中にも、こうした問いはぐるぐると巡り続けているのです。そして答えが出たわけでもありません。いや答えというようなものはないのかもしれません。むしろそのような問いは答えを求める問いではないかもしれない。突き詰めれば、それは問いというよりも願いの言葉なのではないか、そしてそれはさらに突き詰めれば、一つの願いに行き着くのではないかと思います。「もっと長く生きてほしかった。」
六年前の10月に従兄弟を天に送りました。誰からも愛される、愛の塊のような存在でした。その彼が33歳の若さで突然に召されたのです。その時に心に浮かんだのが今日のみことばでした。彼はエノクのようだと思ったのです。神さまが彼を取られたのだと。しかし問いが浮かびました。なぜ彼なのか。なぜ33歳の彼なのか。なぜこのような召され方なのだ。その時にもう一つのみことばが心に浮かびました。「あなたはわたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」でした。神が彼を愛して、自分の傍にいてほしいと思われて、彼をお取りになったのではないか。彼が神を愛し、イエスさまを愛し、家族を愛し、教会を愛し、友を愛し、職場を愛したからこそ、神は彼を側近くにお呼びになったのでないか。愛されたがゆえに、神は彼をご自身の近くに呼び寄せられたのではないか。そう思っています。そう思うことは許されているのではないかと思います。
今は分かりません。後に知ることです。でも今はそう信じて天を見上げる者でありたい。今日ここに集っている愛する者を天に送ったお一人一人にもそのように天を見上げ、よみがえりの朝を待ち望みたいと願います。