私の愛唱歌の一つに教会福音讃美歌232番「われらはキリストのもの」があります。土井康司兄の作品です。特に心に響くのが2節の歌詞です。「賜物は仕え合うため与えられる。キリストのうるわしい姿に近づくため。われらはキリストによって愛のうちに建てられる。われらはキリストのもの、主はわれらのもの」。
先週の主日に行われた秋の歓迎礼拝・コンサートを通して、この歌を思い起こしました。多磨教会に赴任して以来取り組んできたことの一つが「伝道の態勢を整える」ですが、特に今年は5月の教会セミナーで伝道についてともに学び、6月の歓迎礼拝と講演会、そして今回と伝道委員会を中心に教会の皆さんで賜物を献げ合い、伝道のわざに取り組んで来ました。その豊かな実りが現れたのが今回の歓迎礼拝だったように思います。
牧師としての喜びは、語って来たみことばが実際に教会の現実の中で姿を現すのを目の当たりにすることです。すでに礼拝でエペソ書4章16節の「キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります」。を学びました。まさにそのように教会が愛のうちに建てられつつあることを覚えて御名を崇めています。
特別なモノや新しい技術やたくさんのお金はなくても、いつも教会に与えられている賜物を感謝し、福音を喜び、伝道のマインドを忘れずに、できないことを嘆くより、できることを地味に地道に続けていけば、そして教会にキリストのいのちが息づいていれば、いのちの水の流れは少しずつ確実に、ひたひたと流れ出て広がって行くに違いありません。