4月からの礼拝刷新の一つに、「使徒信条」と「主の祈り」の文語体から口語体への変更があります。長く親しんだ言葉が変わったことでまだ慣れない方や戸惑われる方も多いことと思いますが、次第に口と身体に馴染んで行き、やがては暗唱できるまでになれたらと願っています。  

教会は長い歴史の中で「使徒信条」、「十戒」、「主の祈り」を重んじて、これを繰り返し唱えることや学ぶこと、また説き明かすことを大切にしてきました。宗教改革時代に作られた数多くの信仰告白文書や信仰問答(カテキズム)でもこれらのことばが説き明かされていますし、日本の教会でもこれらを「三要文」と呼ぶ伝統があります。今日から始まる夕拝で「主の祈り」の説教を行うのも、こうした伝統を大切にしたいという思いがあるゆえです。  

「使徒信条」は「信じるため」のことば、「主の祈り」は「祈る」ためのことば、そして「十戒」は「生きるため」のことばと言うことができるでしょう。「主の祈り」と「十戒」は聖書にある言葉で、使徒信条は教会が生み出した言葉だという違いはありますが、しかし使徒信条に言い表されている内容はいずれも聖書のことばですから、いずれをも重んじることは理に適ったことです。

これらのことばを繰り返し学び、唱え続けることで、私たちの信仰と生活が励まされ、強められ、整えられていくことを願います。いずれは毎週の礼拝で十戒も加えた三要文を唱和できること、また使徒信条とともにニカイア信条を告白できるようになることも牧師としての祈りです。信じ、祈り、生きることばを身に着けていきましょう。