待降節の日々を過ごしていますが、それとともに教会は2026年度に向けての準備を進めています。主がご自身のからだの一枝である私たちの教会をどのように導こうとなさっているか。祈りつつ主のみこころを尋ね求め、みこころに一致して進むことができるように互いによく祈り備えたいと思います。
私にとっては多磨教会の牧師として初めて行う新年度の備えということで、過去の経緯から学び、役員会や運営会の皆さんの知恵をいただきながらの準備を進めています。その一貫として、過去10年間の役員会・運営会議事録、教会総会資料を読み込んでいます。すべての記録が整って保管されていないのが課題ですが、
それでも資料を広げ、頁を手繰るうちに、あっという間に時間が過ぎてしまうこともしばしばです。
もちろん実際にその場にいた者ではありませんので、残された資料からすべてを知ることはできませんが、それでも生の記録に触れることでそれなりに見えてくるものがあります。その時々に直面している課題への対応もあれば、今にまで続いている中・長期的な課題についての時間をかけた話し合いもあります。すぐに
結論が出て対応されたものもあれば、議論を重ねた結果どうなったのか辿り切れないものもあります。そうした中で印象深く読んだのは、コロナ禍に入ってからの未曾有の事態に対応する教会の姿でした。
これらは記録されているからこそ辿ることのできるものであり、教会のアーカイヴ(公的記録の管理保存)の大切さを思います。事柄の渦中にいるときは見えなかったものが、後になって見えてくるということもあるのです。その意味では記録の管理は後の時代のため今果たす責任であり、教会が歴史的な存在であることの証しでもあるでしょう。その責任を覚え、教会のアーカイヴに意を用いる教会になりたいと思います。